見出し4で泣いた人たち

「Notion Has Header 4 Now!!!」

3月26日、Redditにこのタイトルのスレッドが立った。

感嘆符が3つ。コメント欄は歓喜で埋まっていた。「ずっと待ってた」「やっと来た」「今日一番のニュース」。泣いている人もいた。比喩ではなく、本当に泣いたと書いている人がいた。

見出しが1つ増えただけなんですけど。

同じ日にNotionは、もっと大きなアップデートを発表している。Notion 3.4。AIの統合が進んだ。ダッシュボード機能が入った。プレゼンテーションモードも追加された。10年の歴史の中でも相当に大きなリリースだと思う。

でも、Redditで一番盛り上がったのは、見出し4だった。

なんで。

10年で最も些細なアップデート

ちょっと整理すると、Notion 3.4の目玉はこうなっている。

AIがワークスペースの中で動くようになった。ページの内容を読んで、質問に答えて、タスクを処理する。ダッシュボードは、複数のデータベースをひとつの画面にまとめて可視化できる。プレゼンテーションモードは、書いたページをそのままスライドにして見せられる。

どれも、待っていた人が多い機能だと思う。

で、見出し4。

Notionは2016年のリリースからずっと、見出しが3段階しかなかった。見出し1、見出し2、見出し3。その下に小見出しが欲しいときは、太字にするか、箇条書きで逃がすか、まあなんとかする。10年間、ずっとそうだった。

AI統合、ダッシュボード、プレゼンモード。そして見出し4。

技術的には、一番軽い変更だと思う。見出しのレベルを1つ追加するだけ。開発工数で言えば、たぶん他の3つとは比べものにならない。

それが一番反響を呼んだ。

僕の話をさせてほしい

正直に言うと、僕はこの反響を見たとき、最初ちょっとびっくりした。

「なんでそこまで喜ぶのかな」と思ったんですよ。

僕はNotionの認定コンサルタントを3年やっている。見出し4がないことに不便を感じたことはある。たぶん、ある。でも「そこまで」ではなかった。少なくとも自分ではそう思っていた。

ただ、Redditの反響を見てから、ちょっと自分の仕事を振り返ってみたんです。

Obsidianでファイルを作ると、ファイル名がそのまま見出し1になる。だから本文は見出し2から始める。これ、僕の中では「そういうものだ」になっていた。Claude Codeでドキュメントを作るときも、見出し2から書き始める。Notionで構造が深い文書を作るときは、見出し3の下に太字を置く。クライアントに「見出し3で十分ですよ」と説明していた。

太字で代用。箇条書きで逃がす。見出し2から始める。

これ全部、迂回策なんですよね。

見出し4がないから、別のやり方で埋め合わせていた。そのやり方が「いつもの手順」になって、不便だという感覚が消えていた。

正直、Redditの反響を見るまで気づかなかった。僕も3年間、毎回ちょっとずつ余計な操作をしていた。1回あたりは些細なんですよ。太字にする、インデントを調整する、そのくらい。でもそれを、たぶん何100回とやっていた。

慣れていたんじゃなかった。

我慢していたんだと思う。

「慣れ」と「我慢」は外から同じに見える

ここで少し考えたいんですけど。

僕が見出し4なしで3年間やれていたのは、「不便じゃなかった」からではなくて、「不便だという信号を脳が止めていた」からだと思うんです。

太字で見出し3の下に小見出しを作る。最初は「面倒だな」と思う。2回目も思う。3回目あたりから、「いつもの手順」に変わる。5回目には、面倒だという感覚がなくなっている。

でも、手は毎回余計な操作をしている。

脳が「もう報告しなくていい」と判断しただけで、指先のコストは消えていない。1回0.5秒だとして、年間1000回やっていたら、8分以上は見えないところで溶けている。8分自体は大したことないかもしれない。でも問題は、その8分の存在を、本人が知らないということなんです。

これ、感覚が麻痺しているのとは少し違う。麻痺は「感じなくなる」。これは「感じているのに報告が止まる」。脳の中では信号が出ているんだけど、「対処済み」のラベルが貼られて、意識まで上がってこない。

だから外から見ると「慣れた人」に見える。本人も「慣れた」と思っている。

でも中で起きていることは、我慢なんですよね。

これを「慣れ負債」と呼ぶことにする

エンジニアの世界に「技術的負債」という言葉がある。

コードの中に「今は動くけど、本当はちゃんと直したほうがいい」部分が溜まっていくこと。返済しなくても日常は回る。でも利子が静かに膨らみ続ける。

僕がここまで書いてきたことは、たぶんこれと同じ構造をしている。

迂回策が定着して、不便が見えなくなって、でもコストは毎回発生している。返済しなくても仕事は回る。でも利子は溜まり続けている。

これを、慣れ負債と呼ぶことにする。

慣れ負債は、困っていても困っていると自覚できない。声にならない。だから10年続く。

そして修復された瞬間、見出し4が追加された瞬間に、全員が同時に「あ、これ我慢だったんだ」と気づく。Redditのあの歓喜は、10年分の慣れ負債が一括で返済された瞬間の声だったんだと思う。

慣れ負債の名前を手に入れた。ここから先は、その構造を開く。なぜ気づけないのか。なぜ声が上がらないのか。そして、道具の話だけではなく、チームや人間関係にも同じ構造があるという話をする。

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