30人ぐらいの会社に、半年かけてNotionを入れたことがある。

設計に2ヶ月。移行に1ヶ月。研修に3ヶ月。手順書を作り、テンプレートを整え、わからないところは個別に対応した。プロパティの設定ひとつ取っても、その会社の業務に合わせてカスタマイズした。「ここはセレクトじゃなくてリレーションで引っ張ったほうがいいですよ」「このビューはフィルタをこう設定すると、毎朝開いたときに今日のタスクだけ見えます」。そういうのを一個ずつ、半年かけて積み上げた。

最後の日、全員がNotionを開いて仕事をしている画面を見て、正直に書くと、けっこう達成感があった。半年かけて組んだものが、ちゃんと動いている。その光景を見てから、請求書を出した。

3ヶ月後、その会社はスプレッドシートに戻っていた。

見に行ったわけじゃない。担当者からメールが来た。「ちょっとご相談が」という件名で、開いたら「やっぱり前のやり方に戻したいんですが」と書いてあった。画面共有で見せてもらったら、僕が設計したデータベースは残っていたけど、最終更新日が2ヶ月前で止まっていた。その横に、使い慣れたスプレッドシートが並んでいる。誰も何も言わずに、静かに元に戻っていた。

僕はNotion認定コンサルタントで、日本で4番目に取った。時給は5万円もらっていた。知識には自信があったし、渡し方もそれなりに丁寧だったと思う。

教え方じゃなかった

最初は、自分の教え方が悪かったのかと思った。もっと丁寧にやればよかったのか。手順書の書き方が足りなかったのか。研修の回数を増やせばよかったのか。でも、何度振り返ってもそこじゃなかった。手順書は読まれていた。研修中のメモも残っていた。わからなかった、というのとは違う。

気づいたのは、もっと嫌なことだった。

僕が半年かけて渡した「正しい設計」そのものが、古くなっていた。研修が終わってから、Notionが何度かアップデートされていた。僕が教えたプロパティの設定手順が変わっていた。ビューの仕様も変わっていた。リレーションの挙動まで微妙に違う。あの研修で「これが正解です」と自信を持って渡したもののうち、いくつかはもう正解じゃなくなっていた。

教え方が悪かったんじゃない。正解に賞味期限があった。

その会社の人たちは、僕が渡した正解をちゃんと守っていた。僕が言ったとおりにプロパティを設定して、僕が見せたとおりにビューを使っていた。守っていたのに、うまくいかなくなった。正解のほうが変わったから。守れば守るほど、古い正解に縛られる。「先生に教わったとおりにやってるんですけど」と言われたとき、なんとも言えない気持ちになった。教わったとおりなのに動かないのは、教わった正解が腐ったからだった。

正解が腐る速度

これ、Notionだけの話じゃない。

考えてみると、今の仕事で使っている知識やツールの「正解」って、どれぐらい持つんだろう。去年「これがベストプラクティスです」と言われたプロジェクト管理の方法、まだそのまま使えているか。3年前に覚えたExcelのマクロは、バージョンアップで動かなくなっていないか。

社内研修で「この手順で申請してください」と教わった経費精算のフロー。システムが変わったら、あの手順は使えない。新しいシステムの使い方を、誰かが研修で教え直す。半年後にシステムがまた変わる。研修もまたやり直し。マニュアルを配った日が正解の鮮度のピークで、あとは劣化していく。

IT業界だけの話でもない。会計基準は数年おきに変わる。税務の実務処理も法改正で変わる。「去年まではこれで正しかった」が、今年は間違いになる。医療だってそうで、10年前の標準治療と今の標準治療は違う。どの業界でも、正解の寿命は縮んでいる。

AIの使い方なんか、もっと早い。半年前に「こう使うと効率がいい」と言われたプロンプトの書き方が、モデルが変わったら通じなくなっている。「GPT-4ではこう書くと精度が上がる」と教わったテクニック、次のモデルでは意味がない。プロンプトエンジニアリングの本を買って、読み終わる前に中身が古くなっている。

正解の寿命が、どんどん短くなっている。

時給5万円の生鮮食品

Notionコンサルの時給は5万円だった。でも、渡した正解の寿命が3ヶ月だったとすると、僕は生鮮食品を売っていたことになる。きれいに包装して、丁寧に届けて、冷蔵庫に入れたら3ヶ月で腐る。しかも、腐ったことに気づかない。古い正解をそのまま使い続けて、「なんかうまくいかないな」と感じながらも、それが正解だと思っている。

時給5万円の生鮮食品。正直に書くと、そう気づいたとき、けっこうきつかった。

じゃあ、何を渡せば腐らないのか。

Notionのコンサルをやってきて、相談の7割は同じ話だった。「DB設計どうしたらいいですか」「ビューの使い分けがわからない」「権限設定を見てほしい」。全部、答えはある。答えを渡すことはできる。渡した瞬間は、相手も安心するし、僕も仕事をした気になる。

でも、その答えの寿命は短い。来年のNotionは、今年のNotionと違う。来年のAIは、今年のAIと違う。僕が「これが正解です」と渡したものは、半年後には使えない可能性がある。それを知りながら渡し続けるのか。

正解を渡す仕事をしていると、ある種の違和感がある。相手が「ありがとうございます、助かりました」と言ってくれるのに、僕の中には「でもこれ、半年後には古くなるんだよな」というのがずっとある。その違和感を無視して、次の相談に移る。次の相談でも同じ答えを渡す。感謝される。半年で腐る。

残る何かがあるとしたら、それは答えそのものじゃないはずだった。答えは変わる。ツールは変わる。正解は更新される。じゃあ、更新されても壊れないものって、何だろう。

ここまでの話で、たぶん一番大事なことは伝わっていると思う。正解には賞味期限がある。ツールも仕事のやり方も、数ヶ月で変わる。

ここから先は、じゃあ何が腐らなかったのか。いくつもの現場を見てきた中で、正解が古くなっても平気だった人たちがいた。AIが答えをタダで配る時代に、何が残るのか。そして僕自身が「答えを渡す仕事」をやめて何を始めたのかを書く。

勝手に使い始めた経理の人

正解が腐っても大丈夫だった人たちがいた。

ある製造業の会社に入ったとき、面白いことが起きた。僕がいろいろ説明して、設計を提案して、移行スケジュールも作った。でも、その会社に1人だけ、勝手にNotionを使い始めていた人がいた。経理の人で、最初は自分の経費精算だけを自分のやり方でNotionに入れていた。誰にも見せていなかった。テンプレートも使っていない。ヘルプも見ていない。自分で触って、自分で形を作っていた。

ある日、隣の席の人が「それ何?」と聞いた。見せたら「うちの発注管理もそれでできない?」と言われた。そこから少しずつ広がった。僕が設計したテンプレートじゃなくて、その人が自分で作った、正直に言うとかなり荒い構造のデータベースが、チーム内で使われ始めた。

3ヶ月後に見に行ったら、その人のチームだけが定着していた。他のチームは、僕が丁寧に設計した構造から少しずつ元のやり方に戻っていた。

ここで面白かったのは、Notionがアップデートされたときの反応だった。他のチームは「手順が変わったからわからない」と止まった。僕が渡した正解が古くなったら、次の正解を待つしかない。でも、あの経理の人のチームは自分たちで調整していた。「なんか動かなくなったから、こう変えてみた」と。渡された正解に頼っていないから、正解が古くなっても壊れない。

腐ったのは僕が渡した正解だった。腐らなかったのは「自分で触って、自分で考えて使う」という構えだった。

3行のスクショが僕の説明に勝った

ノチコンのDiscordで、似たことを見た。

僕がリレーションの設定方法をスレッドで丁寧に説明した。図も描いた。正確だったと思う。でも反応は薄かった。既読はついていたけど、誰も何も言わない。

同じ週に、メンバーの一人が「僕こうやったら動きました」と書き込んだ。スクショ1枚と3行の説明。それだけでスレッドが動き出した。質問が続いて、別の人が「うちでも試したらいけた」と返した。

正直に書くと、ちょっと悔しかった。でも、よく考えると、あの3行が渡していたものが僕の説明と違っていた。僕の説明は「こうするのが正解です」という答えだった。あのメンバーの3行は「試して、詰まって、こうしたら動いた」という過程を渡していた。答えじゃなくて、考え方の痕跡。受け取った側は、その痕跡をたどって自分でも試せた。

正解を渡すと、受け取った側は正解を使う。でも正解が古くなったら止まる。考え方の痕跡を渡すと、受け取った側は自分で考える。正解が古くなっても、自分で次の正解を探しにいける。

答えは正しいのに動かない

ここで、もう1つ嫌な話がある。

先月、クライアントからこういう相談が来た。「ChatGPTにNotionの設計を聞いて、その通りに作ったんですけど、なんか動かないんです」。見せてもらったら、設計自体は間違っていなかった。プロパティの型も、リレーションの方向も正しかった。でも、その会社の業務の流れと合っていなかった。答えは正しいのに、文脈が合っていない。

「なんで動かないと思いました?」と聞いたら、少し黙って、「わからない。ChatGPTは合ってるって言ったんですけど」と返ってきた。

答えが5秒で返ってくる。正しい答えが。だから、自分の文脈に落として考える工程を飛ばしている。答えが正しいんだから、うまくいくはず。でもうまくいかない。で、もう一度AIに聞きに行く。同じ答えが返ってくる。同じように動かない。

AIが答えを生成できるようになったことで、知識を手に入れるコストはほぼゼロになった。でも、全員が専門家レベルの答えを持てるようになったとき、何が起きたか。うまくいく人といかない人が出てきた。同じ答えを持っているのに。

考えてみると、これは僕がコンサルで見てきたことと同じ構造だった。正しい答えを渡しても、それだけでは動かない。答えを自分の文脈で噛み砕いて、「うちの場合はこうだから、ここをこう変える」と考え直す。その工程を経た人だけが動く。答えの質じゃなくて、「自分の状況に合わせて考え直したかどうか」で差がつく。

答えが安くなるほど、考える力の値段が上がる。答えが腐る速度が上がるほど、考え方の価値は上がる。

「嫌な感じがする」

僕がNotionコンサルをやめた話をする。

やめた理由はいくつかあるけど、決定的だったのは工務店の現場監督の人と話したときだった。

その人がNotionの相談に来て、僕がいろいろ説明していたら、途中で言った。

「なんか、嫌な感じがする。」

理由は言えない。でも、直感で何かが違うと。

僕は最初、新しいツールに対するよくある抵抗だと思った。でも話を聞いていくうちに、違うことがわかった。その人は20年、現場で人とモノの動きを見てきた人だった。僕が提案した設計は、データの流れとしては正しかったけど、現場で人が動く順番とは違っていた。

具体的に言うと、僕はデータベースの入力を「工程の始まり」に置いた。朝、Notionを開いたらまず今日の工程を入力する。データとしてはきれいに回る。でもその現場では、朝一番にやるのは前日の進捗の確認で、新しい工程の入力はその後だった。僕の設計だと、毎朝最初に見える画面が「入力しろ」になる。20年やってきた朝の流れと、合わない。

その直感が正しかった。

そのとき思った。この人に必要なのは「正しい設計」じゃなかった。「自分の現場で何が合うかを考えるための材料」だった。答えを渡されても、その答えが自分の文脈に合っているかは、自分で判断するしかない。その判断力は、正解をいくら渡しても育たない。

僕がやっていたのは、正解を渡す仕事だった。でも、正解は腐る。腐るとわかっているものを、時給5万円で丁寧に包装して届けていた。正解が腐った後、その人の中に何も残っていなかったら、僕がやったことの意味は、ゼロになる。

あの30人の会社に戻って考える。半年かけて渡した正解は3ヶ月で古くなった。でも、もし僕があのとき「この設計が正解です」じゃなくて「なんでこういう設計にしたか」を渡していたらどうだっただろう。プロパティの設定手順じゃなくて、「自分の業務で何をどう判断するか」の考え方を渡していたら。Notionがアップデートされても、「前の設計の考え方はこうだったから、新しい仕様ならこう変えればいい」と自分で判断できたかもしれない。

腐らないもの

だから、やめた。

今やっているのは、答えを配ることじゃない。

問いの立て方。仮説を持つ力。自分の文脈で消化する習慣。

この3つは、たぶん腐らない。

ツールが変わっても、AIが答えを出しても、「自分の状況で、これはどう使えるか」と考える力は残る。Notionのバージョンが変わっても、自分で「あれ、前と違うな。こう直せばいけるか」と考えられる人は止まらない。あの製造業の経理の人が、アップデートの後も自分たちで調整し続けたように。AIの出力が変わっても、「この答え、うちの業務にそのまま使えるか?」と1回立ち止まれる人は同じ間違いをしない。あの工務店の現場監督が「嫌な感じがする」と止まれたように。

答えは外から来る。でも、問いは自分の中からしか出ない。仮説は自分の文脈からしか立たない。消化する習慣は、自分で噛まないと身につかない。だから腐らない。自分の中にあるものは、アップデートで変わらないから。

週刊ノチコンは正解を配らない。毎週、僕が見ている世界の切り口を1つ置く。読んだ人が、自分の仕事に持ち帰れる考え方を残す場にする。「これが答えです」じゃなくて、「こういう見方をすると、こう見える」を渡す。

正直に書くと、答えを渡す仕事のほうがわかりやすかった。「これが正解です」と言えば、相手は安心する。感謝もされる。「さすが専門家ですね」と言われる。でも、その安心は3ヶ月で腐る。「さすが」も3ヶ月で消える。

考え方を渡すほうが地味だし、すぐには「役に立った」と言ってもらえない。「結局、答えは何なの」と聞かれることもある。ノチコンのDiscordで、僕が問いだけ投げて答えを出さなかったとき、「で、どうしたらいいんですか」と返ってきたこともある。

でも、何ヶ月か経って、別のスレッドで「あのとき言ってた問いの立て方、使ってみたらうまくいった」と書いてくれた人がいた。答えは僕が渡したものじゃなくて、その人が自分で見つけたものだった。

たぶん、こっちのほうが残る。

半年で腐る正解を売るのをやめて、腐らないものを探している。まだ探している途中だけど、その途中を見せること自体が、もしかしたら腐らないものなのかもしれない。

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